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7, 森の再生

 一度死滅した森が再生するラストシーンは圧巻であるが、これには様々な意味が込められていると考えられる。

● 「死体化生型神話」としてのラストシーン

 ラストシーンで、エボシ御前に首を狩られたシシ神=ディダラボウは、バラバラになって、山を焼き払いながら襲いかかる。その後、サンとアシタカの活躍によって首を取り戻したディダラは、朝陽を浴びて倒れ、再びバラバラになって消滅してしまう。ところが、このバラバラになって降り注いだ塊から方々に緑が芽吹き、森は再生し、タタラ場も緑で覆われる。
 実はこのラストシーンは、日本神話に共通する内容を多く含んでいる。それは、「神を殺して、バラバラに埋めた場所に緑が生まれる」という図式である。これは各地に伝わる「死体化生型神話」に通じるものがある。
 『古事記』(七一二年完成)には、次のような話が記されている。 
「下界に下ったスサノオはオオゲツヒメに食べ物を所望した。ところが、オオゲツヒメは、鼻や口や尻から食物を出して饗宴したので、スサノオは怒ってヒメを殺してしまった。すると、ヒメの死体の頭に蚕、両目に稲、両耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生じた。そこでカミムスビノカミがこれを取って種にした」
 また『日本書紀』第五段には、次のような話が記されている。
「アマテラスの命で弟のツクヨミが下界のウケモチノカミを見に行った。ウケモチノカミは口から御馳走を吐き出してもてなそうとした。しかし、ツクヨミは、けがらわしいと言って斬り殺してしまう。そのウケモチノカミの死体の頭からは牛・馬、額に粟、眉の上に蚕、眼に稗、腹に稲、陰部に麦と大豆・小豆が生じた(一書十一)」
「イザナミが火神カクヅチを生み、産道に大火傷を負って死ぬ。カクズチはハニヤヒメと夫婦になり、ワカムスビを産む。ワカムスビの頭の上に蚕と桑が生え、臍の中に五穀が生まれた。(一書二)」
 いずれも、女神の死後(ワカムスビの場合は不明)、死体からバラバラに作物が生じる展開であり、作物起源神話と言われている。山姥伝説や、瓜子姫とアマノジャクの昔話にも、良く似た類型を探すことが出来る。
 これらの神話や昔話は、世界各地の神話に類型を見い出すことが出来る。中でも、東部インドネシアに伝わる「ハイヌヴェレ型」神話は、最も古いものではないかと言う。これを発生源として神話が各地に伝播した可能性も高い。こちらの話では、民衆に殺された女神=ハイヌヴェレが、夫によってバラバラにされて埋められ、そこから作物が発生したとされている。
 ところで、縄文時代に、土偶をバラバラに砕いて埋めるという風習があったことはよく知られているが、これは最初から壊しやすいような工法  (「分割塊製作法」と言う)で巧妙に作られていたと言う。しかも、土偶のほとんどは妊娠状態にある女性を形どったものである。このことから、女神をバラバラにして埋めて豊作を祈る儀式であった可能性を指摘する説がある。それは、「縄文時代にすでに農耕文明があった」という大仮説を裏付ける有力な証拠でもある。
 一方、作物だけでなく、イザナミが死の間際に苦しんだ際の嘔吐からは金属の神カナヤマヒコとカナヤマビメが生まれたとも言われる。さらに、イザナギによって殺されたカクヅチもバラバラにされ、それぞれが山の神や水の神になったと言う。古来より、神の惨殺―バラバラ死体と農耕・産業の発生は一体と考えられていたのだろうか。
 本作では、累々たる神々の死とバラバラ遺体が人間の明るい展望に繋がるというラストが描かれる。これは、どうにも幾多の神話と重なって見えて仕方がない。