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● シシ神―生死を司る神秘の自然

 作中のシシ神は、生命の授与と奪取を行い、新月に生まれ、月の満ち欠けと共に誕生と死を繰り返すと言う。
 月の満ち欠けが生物の生死に関わるという説は多い。海に棲む魚類や甲殻類には、満月を選んで産卵する種族が多い。
 人間の場合も、潮の満ち欠けと同じように、体内の水圧・血圧が高まると言う説がある。月の引力が高まる満月・新月には、出産率や死亡率、さらには事故率・犯罪率まで高まると言うのだ。満月になると変身する「狼男」の話なども、月の引力が体内を変化させる性質に注目したフィクションではないか、とする説もある。
 シシ神の存在は、月と連動する生死の神秘と関わるものかも知れない。
 また、カモシカのように大きいシシ神の角は、樹木で出来ていると言う。角に魔力があるという信仰は多いが、森の神として樹木を頂いているのか。また、生物の頭には力が宿るという信仰は多いが、頭部が人間に見える(変化する)のもこの為か。
 シシ神は、何とも解釈しがたい不思議な表情をしている。
 宮崎監督は、かつて映画『ネバーエンディング・ストーリー』(一九八四年西ドイツ/ウォルフガング・ペーターゼン監督)の龍や亀の擬人化された顔形を嫌い、作者の自然崇拝の貧困さが透けて見えるとして痛烈に批判していた。
「何を考えているかわからない方が、自分たちにとってはるかに憧れの対象になるんです。要するに、人間が擬人化して、感情移入しやすいものにすればするほど、つまらなくなるのですね。」「簡単には理解できない存在、力みたいなものへの憧れが、どうも初めからある。」「そういう自然観を自分たちが持っている。」(「季刊iichiko」No,33号掲載/対談『メタファーとしての地球環境』)
 シシ神の表情は、人間には解せない自然の摂理や真理とでも言うべきものを内包しているからと解釈すべきだろう。それは、人間感情を自然に対しても押し付ける擬人化を嫌い、自然は人間の理解を超えた存在と考える監督の自然観が生み出したものであった。

● ディダラボッチ―唐草模様で覆われた夜の闇

 シシ神の夜の姿であるディダラボッチは、世界各地に伝わる巨人伝説を彷彿とさせる。天を覆う不気味な巨人は、まさに夜そのものである。
 直接的には、関東一円に伝わるダイダラボッチ伝説に語源を求めることが出来る。ダイダラボッチは手足足長の巨人で、深夜に出没して橋や建物を動かすと言われている。東京都世田谷区ではダイダラボッチがかけたと言われる橋があり、地名もこれに由来して「代田」と名付けられている。
 ダイダラ伝説の中には、頭を奪われて凶暴化したダイダラが土地を荒らすという、作品そっくりの内容もあると言う。
 沖縄本島には、アマンチュウ(天人)が岩に踏ん張って天を押し上げ、空を高くしたという巨人による創世神話が伝えられている。
 作中のディダラボッチは、宵闇に広がり天を覆う。灯の少なかった時代(室町時代にはエゴマ油によるランプ程度はあった)には、夜は神々の独占する時間であったのではないか。照葉樹林から発生して、果てしなく広がる巨大な暗闇。それは、畏怖すべき悠久の自然の猛威と人間の矮小さを痛感させる。
 また、全身半透明のディダラは「唐草文様」らしき斑紋で覆われている。唐草文様は、植物の花や葉の形を蔓状のリズミカルな曲線で繋いだものである。古代エジプトを発祥地として、ギリシャで完成されたと言われ、中国・朝鮮を経て日本に伝えられたのは古墳時代ではないかとされている。
 唐草文様は、世界各地にヴァリエーションを持つ。中でも「波状唐草」は、山と谷を表す記号(等高線のようなものか)であったと言う。作中のディダラの文様ははっきりとは分からないが、唐草であれば、山の神の紋章という意味ではないか。

参考文献
『妖怪談義』柳田國男・著(講談社学術文庫)
『猪・鹿・狸』早川孝太郎・著(講談社学術文庫)
『神・人間・動物−伝承を生きる世界−』谷川健一・著(講談社学術文庫)『現代民話考10/狼・山犬 猫』松谷みよ子・著(立風書房)
『日本の伝説/全十八巻』日本伝説拾遺会・編(教育図書出版/山田書院)
『神話伝説辞典』(東京堂出版)
『暮らしの中の妖怪たち』岩井宏實・著(文化出版局)
『別冊太陽/日本の神』山折哲雄・監修(平凡社)
『新版・魏志倭人伝』山尾幸久・著(講談社現代新書)
『土偶の知識』江坂輝彌・校訂/小野美代子・著(東京美術)
『縄文文明の発見/驚異の三内丸山遺跡』梅原猛・安田喜憲・編著(PHP研究所)
『日本の文様9/唐草』(光琳出版)
『広辞苑/第二版補訂版』新村出・編(岩波書店)