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● モロの君と狼族

 モロの君は、巨大な銀狼である。
 「狼」は「山犬」とも呼ばれ、「大神」とも書く。農作物を荒らす狸や鹿を退治して食らうことから、感謝され荒ぶる神として祀られていた。
 近世までの人々は、猪や鹿の作物荒らしに成す術もなかった。案山子や見張り小屋の泊まり込み、落とし穴を掘っても、襲い来る獣たちの数の前にはさして効果がなかった。彼らの天敵である肉食動物=狼による捕食(つまり食物連鎖)は感謝に絶えないものであった。「落とし穴にかかった狼を逃がしたところ、翌日鹿一頭が返礼に置いてあった」という類の昔話が全国に残っているのもこの為だ。
 一方、家畜や人間を襲う凶暴な獣という面もある。仔狼を人間に殺された狼たちが群を成して人家を襲ったという伝説、背後からヒタヒタとついて来て、転んだ途端に襲うという「送り狼」の伝説などである。(余談だが、アシタカが市場を出て地侍に付けられる下りの絵コンテに「送り狼」と記されている。)いずれも、人間が真っ当に生きていれば襲われないという奇妙な共通点があり、「天罰」的含意がある。
 日本の狼伝説には、西欧童話のずるがしこく愚かな狼像と違い、毅然とした神の風格がある。特に白い狼は神の使いと言われた。自然界の突然変異種である白子(アルビノ種)は、大変貴重であることから神聖視される傾向があった。白蛇を御神体として祭る信仰などは、その典型である。
 モロの君やサンの、猪族に対する皮肉な態度や人間に対する怒りは、歴史的に優位に立ってきた森の王たる狼族の誇りがそうさせるのであろう。あるいは雑食動物への肉食動物としての蔑みか。彼らのタタラ場への攻撃は、まさに「天罰」としての攻撃ではないか。
 その後開拓が進んで生息地が狭まると、狼たちは人里に下りて専ら家畜や人を襲うようになった。人間への狂犬病被害も深刻となり、各地で徹底的な撲滅作戦が組織された。狼狩りには賞金が出された。岩手県では四斗俵の米一俵が一円五、六十銭の時代に、牝一匹七円、牡一匹五円、仔一匹二円の高額賞金を出した。人々はこぞって狼を狩った。こうして、ニホンオオカミは一九〇五年には絶滅してしまったのである。
 一方、天敵を失った猪や鹿が増えたかと言えば、どちらも更に生活の場を追われて激減してしまった。言うまでもなく、新たな敵は人間であった。
鹿や猪の狩には、農作物を護るという目的もあった。
 鹿は狩が容易なため、賞金は低額であったが、毛皮目的や食用として徹底して狩られた。猪は、日清戦争(一八九四〜九五)前に「豚コレラ」と呼ばれた疫病が流行したことで数を激減させたと言うが、その後も大量に狩られた。
 現在も、日光など一部地域を除いて、鹿も猪も減り続けている。