1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44
●「職人歌合」に描かれた女性たち
宮崎監督は室町時代の女性について、以下のように語っている。
「女達も『職人尽しの絵』にあるように、より大らかで自由であった」(演出覚書)「街頭で物を売っているのは女たちです。男と女の力関係のようなものは、江戸時代に作られた関係がいつの時代でも同じだと思い込んでいるところがあるんですけれども、室町時代の女たちはもっと自由でかっこいいですよ。」(九七年三月十日、制作発表記者会見での発言)
「職人尽絵」とは、十六世紀中期(安土桃山時代)以降の作品で、職人たちを描いた屏風絵などであるが、監督の指すものは中世に描かれた「職人歌合」のことであろう。室町時代には著名な『三十二番職人歌合』『七十一番職人歌合』の二作品がある。それぞれ室町時代の中・後期に描かれ、様々な職人たちが職業に則した歌を交わす構成となっている。『七十一番職人歌合』には、何と百四十二人もの職人が登場する。しかも、女性が大変多い。作中に登場する女たちの性格や衣裳は、この絵巻に触発されたものと言える。
作中に登場する米売やタタラ場の女たちは、皆頭に白い被物をしているが、これも史実と一致している。白い被物は「桂包」または「桂巻」と呼ばれるもので、その起源は桂女の格好である。
桂女は、元は鵜飼であったが、何らかの理由で芸能民に転じたとされる。鵜は、水に潜って魚を捕ることから「水=神界」と「地上=俗世」を繋ぐ聖なる鳥と考えられており、鵜飼も神の使いとして扱われていた。桂女は特殊な結び方の白い布を頭に巻いて、その上に鮎を入れた桶を乗せて売り歩いていた。これが、市庭に出入りする女性商人に広まったらしい。これは遍歴民女性特有のスタイルだったようだが、後世の花嫁の「角隠し」の起源となったとも言われている。
作中の女たちが着ている身幅が広く袖が短い着物は、「小袖」と言われるもので、質素で活動的な生活に適していて無駄がない。また、エボシ御前が着ている扇模様の染め抜きを施した小袖は、扇売が多用した「扇散らし」と言う染型である。これらは、中世の女性職人の典型的なファッションである。
なお、織豊政権期から近世以降の「職人尽絵」では女性職人が激減していることから、女性の社会的地位が他の遍歴民と共に下がってしまったのではないか、とする説もある。

この時代に女商人は被物(かぶりもの)をするようになった。(日本論の視座/網野善彦/小学館)