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3,室町時代の民衆像

 『もののけ姫』の舞台は室町時代の中期頃ではないかと思われる。この時代は、南北朝の動乱を経て戦国時代へ至る歴史の大転換点に当たる。朝廷の威光も幕府の権力も零落し、「下克上」に代表される戦乱と混沌の中から戦国大名が頭角を現す時代である。一方、技術と道具の発展により生産力を拡大させた農民たちは「惣村」制度によって団結し、やがて土一揆が吹き荒れた時代でもある。
 念仏教の時宗や浄土真宗、禅宗など民衆救済を目的とする新宗教の普及、「書院造」などの建築技術の発展、味噌と醤油と炊飯米という食事メニューの確立、そして能や狂言に代表される芸能と、腐敗し切った中央政治に逆行して文化・学問・宗教・産業が怒涛のごとく開花した時期でもある。これらの文化が、現在に連なる日本の骨格を形成しているのである。
 以上のような特徴が、従来語られて来た中世の歴史観である。しかし、ここには決定的に欠けているものがある。
 庶民の使う農具・日用品・衣料品・木材・装飾品、武器・鎧などはどこで誰が作っていたのか。米以外の畑作・畜産・養蚕農家の製品や、山海食品はどのようにして普及したのか。それらの加工食品を生業とする者はなかったのか。能や狂言などの芸能は、農民の生活から突然生まれたものなのか。これらの現実的諸問題は、「水田耕作農民と侍」という二元的民衆観では解決出来ない。
 網野善彦氏の著作に代表される最近の中世研究によって、民俗学・考古学と合流した新しい中世史の体系が明らかになっている。特筆すべきは、稲作農民に代表される平地の「定住民」とは全く別の生活圏を持つ「遍歴民(山民・海民・芸能民など)」が膨大に存在していたという史実である。
 『もののけ姫』は、この遍歴民たちの世界で展開される物語である。それは、日本映画で初めて中世史をアウトサイダーの側から描くという、「時代劇の革命」を意図したものであった。

●供御人制度と自由な遍歴民

 中世の遍歴民は、以下の二つの傾向に大別出来る。
 第一に、多種多様な職能民である。
 塩作(製塩)、牧童(畜産)、馬借(運送)、木こり、木匠、細工、鎧師、炭焼、轆轤師(木地屋)、鵜飼などと呼ばれた人々。これらの一部は「座」と呼ばれた大規模な職人集団を構成し、各地で工業プラントを組んで資源と共に遍歴し、あるいは船団を組んで流浪し、それぞれ機動力のある商売を展開していた。運搬は、海路・河川路を縦横に開拓し、海外との交易も頻繁であった。これらの職能民は「市」と呼ばれた定期的なマーケットに出荷し、自ら営業・販売を担い、中には巨利を得て金貸しに転じた者もあった。中でも後述するように、武器・農具・鍋釜を製造する製鉄民、「鍛冶」「鋳物師」は特殊な位置を占めていた。
 第二に、芸能民や宗教関連業である。
 猿楽・傀儡子・遊女・白拍子・桂女などは、特別な祭事などに招かれて特殊な歌や踊りを披露する集団である。これには女性が圧倒的に多かった。占いを行う巫女、仏師なども古代から多数いたと言われる。
 これらの職種にある人々は、平民が持たない特殊な技能を持つことから、神仏・天皇の使いと見なされる傾向にあり、「神奴」「神人」「寺奴」「寄人」「供御人」とも呼ばれ崇拝されていた。朝廷や大神社は彼らを庇護し、彼らへの危害は法で処罰されたのである。朝廷は、彼らを天皇直轄の民と認めて、海路・陸路共自由な往来を保証した。(平民は「関銭」など交通税を支払う義務があった)課税も免除され、給免田畠(年貢なしの自由耕作田)を与えられ、食料も補償されていた。
 これは「神人・供御人制」とでも言うべき特権制度で、鎌倉時代に確立した「御家人制度」と並ぶ中世社会の大きな柱であった。
 古来日本には、「俗世以外は全て神の世界」として崇める汎神論とアニミズムがあった。人里離れた薄暗い森には動物や木々の神々が、海や河川には死んだ人間たちや水棲・海洋動物の神々がいる―として、それぞれの神々を祀る習慣があった。よって、山海に出入りして特殊な食品や製品を作り出す職能民や、死者や神の世界を代弁する芸能民が「神界と人間世界の境界線を行き来する人々」として神聖視する宗教的傾向があったのは当然とも言える。
 しかし、室町時代になると多くの遍歴民が社会的地位を失ってしまう。それは、南北朝の内紛に大きな要因がある。また、相次ぐ戦乱と貧困、急速な貨幣経済の到来などが功利主義を第一義に押し上げ、宗教的職業の価値を押し殺してしまったとも言われる。その趨勢は、群雄割拠の戦国時代を迎えて決定的となる。それはアウトサイダーを社会の底辺に押しやる「穢れ」の思想であった。
 一方、職能民の中には大商人や金貸しとして社会的に成功した者も現れた。これを、日本の資本主義化の第一段階とする説もある。
 以上のように、室町時代中期から末期(戦国時代)は、遍歴民が威光を失い始めた境目の時代でもあったのだ。