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● ヤックルは獅子か
作中では、蝦夷について「北に赤獅子にまたがる鬼あり」という噂が語られていたが、「赤獅子」こと「ヤックル」の存在は監督の創作である。多くの設定を史実や民俗学に依っている本作にあって、ヤックルの存在は一際異色であり、ファンタジックである。しかし、「赤獅子」の仮面を被って豊穣や好天などを祈る「獅子舞」の儀礼は日本全国にある。その起源は中国ともインドとも言われるが、よく分からない。
なお、蝦夷のいた東北地方には「鹿踊」の風習がある。これは獅子面をつけた踊りであるが、起源は鹿頭をつけた踊りであったらしい。儀式として定着したのは近世以前らしいが、農耕儀礼との関連が不明な地域もあり、もとは蝦夷の狩猟儀礼と何らかの関係があったのかも知れない。
「獅子」はライオンのことではなく、河童や鳳凰などと同様の架空の動物と言われている。だが、麒麟や鵺などと違い、何体かの異種動物の混在した露骨な想像動物ではない。何らかの実在動物が原型になっている可能性が高い。獅子面は、大きな瞳と鼻穴、角(または尖った耳)が二本生えた赤面が特徴である。その風貌は、作中のヤックルに近いと思えなくもない。宮崎監督は、ヤックルを獅子信仰の原型動物という大胆な発想に基づいて登場させたのではないか。
このヤックルが登場したのは、宮崎監督が中央アジアを舞台として描いた絵物語『シュナの旅』が最初である。ヤックルが個体名なのか、種族名なのかは不明である。
実在の同類種ではガゼル、ボンテボック、オリックスの仲間が近い形をしているが、いずれも1メートル前後の中型種で人が乗れるような動物ではない。ウォーターバックは二メートルを越えると言うが、ずっと短足である。このような偶蹄目ウシ科の大型動物に乗って疾走する民族はおそらくいない。つまり、ヤックルはガゼルと馬を足したような(『ナウシカ』のトリウマのような)架空動物である。
宮崎監督は、漫画版『風の谷のナウシカ』でもガゼルを登場させ、映画『天空の城ラピュタ』ではヤクを登場させるなど、ウシ科の動物に特別の愛着があると思われる。ウシ科にはハーテビーストなどの絶滅種が多いからかも知れない。
参考資料
『古代蝦夷と天皇家』石渡信一郎・著(三一書房)
『古代の蝦夷/北日本縄文人の末裔』(河出書房新社)
『日本古代文化の研究/蝦夷』大林太良・著(社会思想社)
『日本古代文明の探求/隼人』大森太良・編(社会思想社)
『蝦夷(えみし)/古代東北人の歴史』高橋崇・著(中公新書)
『蝦夷の末裔/前九年・後三年の役の実像』高橋崇・著(中公新書)
『エミシとは何か/古代東アジアと北日本』中西進・編(角川選書)
『よみがえる中世4/北の中世 津軽・北海道』菊池徹夫・福田豊彦・編(平凡社)
『シンポジウム・北方文化を考える/アイヌと古代日本』江上波夫・梅原猛・上山春平 共著(小学館)
『沖縄とアイヌ/日本の民族問題』澤田洋太郎・著(新泉社)
『日本文化の形成(上)』宮本常一・著(ちくま学芸文庫)
『日本文化の基層を探る/ナラ林文化と照葉樹林文化』佐々木高明・著
(NHKブックス)
『神・人間・動物−伝承を生きる世界−』谷川健一・著(講談社学術文庫)
『かもしかみち』藤森栄一・著(学生社)
『遥かなる信濃』藤森栄一・著(学生社)
『柳田國男全集15/石神問答』柳田國男・著(ちくま文庫)
『日本の美術 第354号/アイヌの工芸』(至文堂)
『世界の民族誌1/アイヌ人とその文化−明治中期のアイヌの村から−』R・ヒッチコック・著(六興出版)
『民俗・民芸双書32/獅子の民俗−獅子舞と農耕儀礼−』古野清人・著(岩崎美術社)
『世界の動物』今泉忠明・監修(成美堂出版)