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● 縄文人の末裔としての蝦夷

 蝦夷の起源を縄文文化を引き継ぐ民族とする説は多い。
 狩猟と採集を主軸とした縄文文化(農耕の可能性も指摘されている)は、朝鮮からの渡来人たちの持たらした稲作を中心とする弥生文化にとって代わられた。それは異民族支配によって急激に成された文化の転換であった。安定した食料によって人口は爆発的に増え、西日本には豪族が集結して国家が出来、その勢力圏を拡大した。縄文文化は野蛮で遅れた文化として屈服と同化を迫られ、その文化圏は北や南に追いやられてしまった。つまり、隼人・熊襲・蝦夷ら山民の平定は、渡来人による縄文人弾圧の歴史であったとする説である。そして、弥生文化圏が日本を制圧していくのである。
 これを裏付ける事実として、北端のアイヌと南端の琉球には今尚、縄文文化と共通するアニミズム信仰や狩猟・漁労・採集の風習(特にアイヌは非水田農耕文化が主流であった)が残されていることがしばしば挙げられている。彼らは現代史にあっても独自の文化圏を持つがゆえに、依然として日本政府の差別政策にさらされている民族であることも不変なのだ。
 この縄文文化と弥生文化の差異は、各地の遺跡で発掘されている人骨などから人類学的にも証明されている。顔の形では、縄文人系は堀が深く鼻筋が通っている。これは「古モンゴロイド」と言われ、亜熱帯の東南アジアによく見られる。弥生人系は、長円型の輪郭で一重瞼、低く丸い鼻を持つ。これは、寒冷地に対応した「新モンゴロイド」と言われ朝鮮・モンゴル・中国によく見られる。日本人には、この二種が混在していると言われている。二千余年に及ぶ混血が進んだ現在でも、「古モンゴロイド」系の顔を持つ人々が関東・東北地方、「新モンゴロイド」系の人が関西・中国地方に多いと言われる。他にも体毛の薄(新)・濃(古)、耳垢の乾(新)・湿(古)など様々な特徴が挙げられる。
 蝦夷の起源については、有力なアイヌ説から北方渡来人説、白人説まで様々あるが、その生活形態や遺跡などから判断して、縄文人の末裔である可能性が高い。誇り高き山の民、原日本人と言えるかも知れない。
 主人公・アシタカは、作中で勇猛果敢な正義漢として描かれる。彼は、縄文人の末裔であるが故に、大和人が失った自然崇拝に長け、驚異的な体力・知力を発揮出来るのではないか。そこには、宮崎監督の失われた縄文文化人への熱い思いが伺える。
 また、「毛人」と言われたように、蝦夷の男性は長い髭をたくわえた者が多かった。これはアイヌ文化とも共通している。作中の男たちも長い髭を生やしている者が多く見られる。アシタカの眉も濃い。

モンゴロイドの2つの顔のタイプ

右側古モンゴロイド(縄文人型)

左側新モンゴロイド(渡来型)

日本文化の基層を探る/佐々木高明/NHKブックス

● 蝦夷の王権

 縄文時代には、巨大権力はなかった。弥生時代において、西日本から急激に権力の集中が起きるのである。巨大な方形周溝墓の建造、大量の甕棺製造など、王の権力を示す墓作りのために多くの森林が姿を消した。森林が残っていた地域では木棺を使用したと言われる。
 続く古墳時代には、前方後円墳に代表される巨大墓建造が各地で行われる。しかし、それは関東地方が東端で、東北地方には巨大墓が作られなかったのである。
 アシタカは、ある部族の王(族長)の子息と言われる。しかし、蝦夷には王はいなかったと言われている。それは、巨大墓や部族抗争を示す武器類が発掘されていないからである。つまり、朝廷や豪族のように巨大な権力を公使する王がいなかったと思われる。小さな部族による自給自足の共同社会であったのだ。
 王(族長)は信頼を得ていたであろうが、民衆と同じように貧しかった。他人の搾取による富の集積が行われなかったために、王と民衆の差別化が起きず、権力をめぐる血生臭い抗争も起きなかったのであろう。アイヌにも巨大な王権はなかったと言う。
 作中のアシタカの村も、巫女や長老による合議制社会と思われ、絶対権力者は見当たらない。アシタカは王なき国の王子だったと言うべきか。
 それは、漫画版『風の谷のナウシカ』のラストで、王政を廃止してトルメキア国の指導者となったと伝えられる女傑・クシャナにも通じる思想である。