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2, エミシの村

 九世紀まで、東北地方は大和ノ国ではなかった。東北には大和の国境線があり、ここより北は「蝦夷」の統治する別世界であった。蝦夷とは、大和朝廷の侵略により歴史の彼方に消えてしまった謎の民族である。その生活形態・風習・文化水準などのほとんどが未だ解明されていない。
 宮崎監督は、多くの研究成果や仮説を踏まえながら、独自のエミシ観に基づく創造世界を作り出している。もののけ姫・サンとも森を伐る大和人とも心通わせることの出来る主人公は、ナラ林文化の下で独自の自然崇拝信仰を持つエミシの少年でなければならなかった。
 人目を忍んで森と共生するアシタカの村。作中の描写から監督の「エミシ観」を推察する。

● 蝦夷とは何か

 七二〇年に成立した『日本書紀』は、東北に「夷の国」が在り、そこに「蝦夷」「毛人」などと呼ばれる野蛮な異民族が住んでいると記している。
 『日本書紀』の『景行紀』には、「夷の国」に関する記述がある。それによれば、「住民は男女共髪を椎の形に結い、性格は勇敢で凶暴。村には族長がおらず、悪神や鬼がおり、大和の村々を襲っている。夷の中で最も強いのは蝦夷である。冬は穴で暮らし、夏は樹上に住む。毛皮を着て、獣の血を飲み、鳥のように山をかけ登り、獣のように草原を走る。矢を束ねた髪に隠し、刀を衣服に帯びている。辺境を犯し、作物を略奪する。撃てば草に隠れ、追えば山に入る。故に、昔から王化に従ったことがない。(抜粋・大意訳)」とある。これは四世紀頃、景行天皇が息子のヤマトタケルに蝦夷討伐を命じた時の言葉とされる。この頃すでに大和による蝦夷侵略が開始されていたのかも知れない。
 また『斉明紀』では、六五九年に遣唐使となった斉明天皇が蝦夷の男女二人を伴って唐(中国)の皇帝に拝謁したと記されている。これには蝦夷を倭国の属国として、皇帝に認めさせる意図があった。皇帝にあれこれと問われた蝦夷は以下のように答えている。「蝦夷には三種類ある。遠き者を津軽、次の者を麁蝦夷、近き者を熟蝦夷と言う。私は熟蝦夷である。蝦夷に五穀の栽培はなく、肉を食べる。宿はなく、深山の樹の本に住んでいる。(大意訳)」と。
 このように蝦夷の記述は、一貫して「農耕を知らない野蛮人」との評価だが、これには異国人への敵意と賤視を含めた誇張が含まれていたと思われる。「蝦夷」の当文字は、「蝦」はエビ(ガマガエルとする説もあり)、「夷」は大弓を示しているらしい。いかにも野性的表記で余り好意的とは思えない。実際には、大和に匹敵するほどの高度の狩猟・採集の文化圏を持つ部族であったと思われる。
 稲作文化の東進を根拠として成立した大和朝廷は、様々な少数民族を侵略・吸収して膨張して来た。ところが、大和朝廷の勢力は、東北に及ぶに至り最大の障害に突き当たった。それが蝦夷であったのだ。
 明確な国家を持たなかった蝦夷の各部族(各小国)は、対大和の戦争に於いて、統一戦線的連合体をなしていったと思われる。

8世紀初頭の蝦夷(日高見国)の領域(古代蝦夷と天皇学/石渡信一郎/三一書房)