寄稿『もののけ姫』――私の好きなシーン文・五味 洋子つい先日、3度目の『もののけ姫』を家族と見て来ました。予告編を見た時には「こわい」と言っていた子供が、見終わった後「おもしろかった。また見たい」と言ってくれたのが嬉しかったです。私自身、見る度に印象が変わり、何度でも見返すに足る映画であることを再確認しました。1度目は戸惑いにも似た驚き、2度目は大感動、3度目はもうすっかり筋が呑み込めていましたので、どうしようもない怒りや苛立ちが沸々と湧き上がって来るのを感じながらでした。怒りや苛立ちと言ったのは、この映画が森(自然)と人の関係を問いかけながら、従前的な自然は清く正しく、それを侵す人間は悪という表層的な分類ではなく、森も人も互いに懸命に生きているにも関わらず双方共に愚かで、森と人、人と人の争いが避けようもなく起こっていってしまう、そのどうしようも無さを強く感じたからです。いわばアシタカの視点に今回最も立って見ていたと言えると思います。そして、だからか、今回初めて、ラストの静寂を取り戻した森に、それがほんのひと時の仮初のものでしかないと判っていても安らぎを感じたのでした。そして同時に『もののけ姫』は、『風の谷のナウシカ』から13年の歳月をかけて宮崎さんがぐるりと回って再び新たなスタートラインに立った証しであり、だからこそこの先、どういう形でも良いから作品を作り続けていって欲しいと思わざるを得ませんでした。 さて「私の好きなシーン」の本題に戻りましょう。先ずは、アシタカが立ち寄る市場のはずれをサギやツバメが飛ぶシーン。サギもツバメも人里近くの鳥で、かつて日本中何処にでもあった人と自然が混在して生きる豊かな風景を思わせてくれました。アニメーションは実写のように意図しないものが写り込む余地のないものですから、これらの鳥達も、形や色、飛び万等を考慮された上で、役割を担って登場しているのですね。 それからヤックルと山犬の兄弟の間に生まれる友情。最初は家畜であるヤックルを餌としてしか見ず「あいつ、食べていい?」と聞いてサンに叱られて(?)いる山犬ですが、次第に友情が生まれ、互いに鼻面を付き合わせて(動物がよくやる仕草ですね)無事を確認したり情報交換している。猪の死骸の下敷きになっていた山犬の一頭が救出された時には、ヤックルが真っ先に近寄って「良かったね」と言うように鼻をこすりつける。胸が熱くなるようないいシーンでした。この山犬を救おうとするアシタカを阻止する唐笠連の非情さにタタラ場の男達の怒りが爆発して誰からともなく手を出してボコボコにしてしまうのも胸がすっとするシーンです。人間、こうでなくちゃいけない。年若いアシタカを終始「旦那」と呼んで敬意を払い続ける牛飼いの頭の実直さも実にいいキャラです。宮崎作品はこういう職人に対する共感と尊敬が一貫していて気持ちいいのですね。山犬達の仕草や動作が野性の獣らしいキビキビした美しさで描かれているのもいいです。ヤックルは『シュナの旅』でもおなじみですが、その頃から大好きだったので今回の登場は嬉しいです。『ナウシカ』のトリウマ的な存在でもあり憧れてしまいますね。宮崎さんは本当に生きものがお好きなんだなあと思います。 タタラ場の侍との戦いの最中の、トキと病人の女の関係もいいですね。多分トキは以前から病棟に出入りして病人達の世話をしていたのでしょう。この時代どころか近代まで不治と恐れられていた業病の者達ですが、トキは彼女が懐から出した食物を平気で口にし、病人もまた食べる。この自然な関係が実にいい。彼女もまた銃器の専門家として敬意をもって描かれている。だから最後、ディダラボッチの消滅の中で業病が治癒したことがさりげなく描かれているのがとても嬉しい。トキの声はナウシカの島本須美さん。まだまだ主役のサン役でもいけると思う美声ですが、ナウシカが苦難の生の後にこの時代に転生して普通の女の幸せをつかんで元気にタタラを踏んでいる。しかも自然にリーダーシップを取って女達を取りまとめる資質を備えている、そう思うとこれまた嬉しいですね。 最後に、サンがアシタカに与えた干し肉のこと。これは形といい色といいビーフジャーキーですね。二人が初めてまみえた場面で、去る山犬の一頭が死んだ牛を引きずって行っている。サンの干し肉はこの牛肉で作ったのでしょうね。よく乾燥しているところを見ると、アシタカのために作ったのではなくサンの常備食であるらしい。サンはこの様に、山犬の娘として育てられながらいわゆる狼少女ではなく、衣装、入れ筆、装身具、武器、と人間の文化をきちんと身につけている。これはサン自身の意志というより育ての親のモロの意向なのでしょうね。人間を軽蔑している筈のモロがサンに人間の文化を与えているのは何故でしょう。もしかしたらモロはいわゆる人間は軽蔑しつつも、人間の子であるサンに一つの生きものとしてのヒトの美しさを備えさせたかったのかも知れない。いつかサンが人として生きる時すら考えていたのかも知れませんね。サンは最後まで心からの笑みを見せてはくれませんでした。この苛酷な物語の中では望むべくもありませんが、ラナやクラリスのような笑みを見せて欲しかった、そう願わずにはいられません。宮崎さんも今は大作を終えて虚脱しているところかも知れませんが、そのうちサンを解放してやれなかったことで心が疼くのではと思います。『別冊COMIC BOX「もののけ姫」を読み解く』の裏表紙のサンの満面の笑みはせめてもの計らいでしょうか。全く無理なことと頭では判っていても、サンが「森の精」なとという抽象的な存在ではなく人間の娘である以上、私は、サンとアシタカがヤックルと山犬達と共に新天地を目指す、そしてトキを先頭にしたタタラ者達が別れの声をかける、そんなもう一つの結末を夢見ずにはいられないのです。
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