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井上直久氏の「イバラード」と宮崎駿氏


文/烏山凸空


イバラード博物誌/井上直久 19941月発行  架空社

1 新しいアニメーション美術表現の開拓

 既報のようにスタジオジブリ新作「耳をすませば」に、画家・井上直久氏の参加が決定している。

宮崎駿氏のコンテ(レイアウト)をもとに、井上氏が17カットも背景を描くという。これは、おそらく美術面でのアニメーションの新たな表現を試みるものである。既製のアニメーションでは、美術的な底の浅さをCGの多用によってカバーする例がほとんどだが、畑違いの絵画を背景に採用する試みは実に新しいと言える。


 これまでも「自然主義的な芙術(宮崎氏)」「図鑑的な正確さの美術(高畑氏)」などの表現で、「となりのトトロ」以降の《現実の風景をすくいあげる》作風のジブリの美術表現の行き詰まりが語られていた。

 確かに、同じ手法をトコトン極め続けることは、スタッフが技術的・精神的・時間的にきつい状況に置かれるだけでなく、アニメーション表現の可能性を定式化によって縮めてしまう可能性もある。宮崎氏は、「魔女の宅急使」でも養護学級の中学生が共同制作した絵画をアレンジし、物語のキィポイント(同時に美術的焦点)に据えていたが、今回の試みはそれを発展させたものと言えるのではないか。


 井上氏の描く「イバラード」絵画には独特の特徴がある。様々な色の点が交じりあった繊細で複雑な色使いで1つ1つの対象物を的確に描き分けていながら、硬質なイメージはなく、柔らかい優しさにあふれている。特に広域風景画における遠近のコントラストが特徴的で、写実的な近景と印象派的に淡くぼかされた遠景とが、1枚絵にしっとりと同居している。この誇張された空間が、奇妙な懐かしさとリアルな存在感を同時に感じさせる。1枚の絵からファンタジー世界の空想が無限に広がるような深さを持つ魅力的な世界である。まだ出会っていない方々には是非出会って欲しい。


 この井上美術の世界は、既製のアニメーション美術とは色使いも空間構成も全く違うものである。既製技術を高めに高めたジブリの美術と、井上美術の贅沢極まりない2重奏に、期待は否が応にも高まってしまいそうだ。